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2009年11月 アーカイブ

2009年11月10日

泡瀬干潟

沖縄本島の中部、東側の沿岸にある。津堅島、久高島を含むサンゴ礁によって囲まれた中城湾の北部に位置し、沖縄市の沿

岸、在日米軍泡瀬通信施設の周辺(特に東側から南側)に広がっている。面積は、干潟が290ha、藻場が112haほど。

すぐ北側のうるま市の沿岸には、かつて川田干潟と呼ばれた干潟が広がっており、泡瀬干潟とともに中城湾北部の浅海域を

形成していたが、現在は、2170億円を投じて実施された「新港地区埋立事業」によって大部分が消滅している。中城湾の湾

口は広く開けているが、冬の季節風による高波が北東にある勝連半島に遮られているなどしたため、湾奥部には広大な干潟

が形成されていた。

サンゴ礁の礁湖に形成されるタイプの干潟であり、温帯地域に見られるような非サンゴ礁海域に形成される干潟とは、底質

も生物相も異なっている。

また、泡瀬干潟周辺の陸地は、第三紀島尻層群に含まれる島尻層泥岩や、琉球石灰岩に由来する島尻マージと呼ばれる「低

島」の土壌で構成されており、河川もほとんどない。そのため、同じ南西諸島でも金武湾(沖縄本島)や名蔵湾(石垣島)

のように国頭マージと呼ばれる「高島」特有の赤土による干潟とは、地質的に大きく異なり、外観上も赤土による赤褐色で

はなく、白色から灰褐色を呈する。

泡瀬干潟は、貝類などの採集(潮干狩り)がさかんな場所として知られている。貝類の採集は、必ずしも漁業を専業としな

いさまざまな人々によって、さまざまな目的で行われるため、統計などには反映されにくい。しかし、これらの採集活動に

よってアラスジケマンやリュウキュウサルボウ、ホソスジヒバリなど主なものでも10種類程度、全部で21種類もの多様な貝

類が採集されているとの調査がある。

明確な記録が出てくる18世紀までは、現在の泡瀬地区周辺は、「あせ嶋」と呼ばれる中城湾にできた砂州の無人島であった

と考えられている。伝承では、1768年に「高江洲義正(翁)」が入植したと伝えられている

当時、琉球王国では人口が増え、士族の数が官職に比して多くなったために「失業士族」の就農を推進していた。義正の入

植は、そうした就農政策の一環であったと考えられている。以降、泡瀬は沖縄でも有数の人口規模・密度の集落になってい

く。士族の入植によって集落が成立したので士族の人口比率も明治時代で9割以上と高い(1880年の泡瀬の人口は2032人、

356戸と記録されている)。

また、泡瀬において製塩(泡瀬マース)を始めたのも義正であると伝承される。当時の泡瀬干潟は入浜塩田造成に適した干

潟であり、塩田に対して年貢が課せられていた。入浜塩田とは、満潮時の海面より低い所に堤防を築き、内部の広い砂を平

らにして造った塩田である。泡瀬の場合、戦前には堤防がなく、海水が自由に入る場所であった。

なお、明治時代に入り、塩田造成などによる人工的改変によって泡瀬は島から半島へと姿を変えていることが確認できる。

大正時代の1905年には、泡瀬の製塩量が那覇を抜き、県内でも随一の規模になる。泡瀬港にはやんばるより製塩過程で使用

する薪を積んだ山原船が多く出入りしていた。このころの泡瀬港は、商取引の主要港だった。1909年の記録では、全戸数

547(3085人)のうち、製造業に従事する世帯が5割以上、サービス業が3割程度。当時、泡瀬は本島中部の商工業地域とし

て発展していた。製塩業のほかには、砂糖樽の製造業などが盛んだったという。逆に、専業農家は少なかった。

明治時代から大正にかけての製塩は、塩田で採取した鹹水を桶に入れて担ぎ、屋敷まで運んで煮詰めて塩を造った。大正5

年頃からは塩焚小屋が塩田内に移動。規模が拡大して、大きな鉄製平鍋を使い、石炭を燃料とする方法に発展していった。

泡瀬の塩の生産量のピークは1928年である。

1916年には与那原を起点とする沖縄軌道(馬車軌道)が泡瀬まで延伸。すでに、与那原-那覇間は沖縄県営鉄道与那原線(

鉄道)が開通しており、那覇との交通の便が大幅に向上した。馬車軌道は1926年に乗り合いバスが登場するまで那覇方面へ

の交通の中心だった。一方、1918年には具志川・与勝方面への「海中道路」が完成し、泡瀬より北側に向かう交通も整備さ

れている。この海中道路は、現在では「泡瀬内海」と呼ばれる海域の埋め立てにより埋没してしまっているが、今でも町並

みにその痕跡を見ることができる(泡瀬一丁目と六丁目の間)。

1944年10月、太平洋戦争にともなうアメリカ軍の空襲により泡瀬は集落の多くを焼失。このときの空襲では那覇市街をはじ

めとする沖縄県全域が大きな被害を受けた(十・十空襲)。

『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

沖縄の泡瀬干潟は埋立て事業が検討されているようです。

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